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男はつらいよ 葛飾立志篇評論(10)
そのときのドタバタが数ある男はつらいよのなかでも出色の楽しさだった。
とうぜんながら、じゅんこの母=おゆきさんは寅さんのどれあいではなく、したがってじゅんこは寅さんの娘ではない。が、おいちゃんとおばちゃんは周章狼狽。ちょうど帰ってきた寅を問い詰める。
じゅんこは母を昨年亡くしている。母と親交のあった寅さんを父親だと思っていて、上京に寄せてとらやをたずねたのだった。
彼女は母が亡くなったことを「あの、おじさん、母は去年死にました」と言うのだが「亡くなりました」ではないところに情緒が据わった。少女が肉親の死を死ぬという直截な言葉遣いで言うとむしょうに迫るものがある。
──短いシークエンスに喜怒哀楽が詰まっていた。
もうひとつ印象的なのは、おゆきさんの墓参りをした寺での、寅と和尚役の大滝秀治の会話。
寅「おっしょさん、わたしにはおゆきさんのきもちがよ~くわかります。わたしも学問ないから、いままで悲しいことや辛いことをどれだけしてきたかわかりません。ほんとうにわたしのような馬鹿な男は、どうしようもないですよ」
和尚「いや、それはちがう。おのれの愚かしさに気がついた人間は愚かとは言いません。あなたはもう利口なひとだ。おのれを知る、これが何よりもだいじなことです。おのれを知ってこそ他人を知り、世界も知ることができるというわけです、あんたも学問なさるといい。四十の手習いと言ってな、学問をはじめるのに早い遅いはない。子曰わく、朝(あした)に道を聞けば夕べに死すとも可なり」
16作目でマドンナは樫山文枝。ゲストが小林桂樹。教養ある人に虚勢はる寅が楽しくて、全編笑える、男はつらいよの最高作(の一つ)であると思う。
寅さんが何らかの「にわか」状態になると人々をあざけるシーンがある。よくうらての印刷工場へ入って「労働者諸君」と言って真面目な人をばかにする。現実ではもちろん、架空でもこれができるのは寅さんだけである。このあざけりがいちばんたのしいのは源や近所のひとに「あいかわらずばかか」というやつだ。なんど言いたくなったかわからない。が、もちろん現実で使ってはいけない。
寅に土方と間違われる考古学の先生が大変なチェーンスモーカーでおかしな人で、部屋が汚いところやラブレターで告白するなどとてもよかった。先生のチームと、タコの印刷会社チームで野球をする場面が楽しくてもっと見たかった。とらやに下宿するマドンナの礼子さんは、先生を振り、寅は勝手に振られた気になっていたが、勉学一筋であったので無神経な感じがしなくてよかった。寅が勉学に励むのだが、本人がそれを志したわけでもなく歴史の勉強をしていて方向性がおかしい。
桜田淳子がかわいかった。
桜田淳子が初々しい。実の子騒動、おかしくもあり、悲しくもあり。
例によっての下宿マドンナ。樫山文枝、庶民的で感じよし。今回は学問の大切さを問う。己を知るか、なるほど深い。伊達メガネは爆笑必至。他にも数えきれない小ネタが満載。振られた者同士のエンディングも愉快だ。
名作に挟まれた地味な印象だが、なかなかどうして…本作も充分名作と言えよう。
冒頭で寅さんを実父だと思い、とらやに訪ねて来るウブな女学生は、今や統一教会の立派な広告塔。