シェイクスピアの史劇『リチャード三世』(邦訳・新潮文庫など)、その上演のためのリハーサルと、上演されたシーンとのモンタージュを通して、シェイクスピアの精神を現代に甦らそうと試みる演劇ドキュメンタリー。監督・製作は「ヒート(1996)」の演技派アル・パチーノで、自身の資金をつぎ込み、念願の初監督を実現。製作はパチーノと、彼の舞台活動に過去5年間にわたり協力しているマイケル・ハッジ。エグゼクティヴ・プロデューサーは「陽のあたる教室」のウィリアム・ティートラー。ナレーションはパチーノがフレデリック・キンボールと共に執筆。撮影はダイレクト・シネマの旗手リチャード・リーコックの子息、「SUPER
MODEL'S
CATWALK」のロバート・リーコック。音楽は「ムーンライト&ヴァレンチノ」のハワード・ショア。美術はケヴィン・リッター。編集はパスクァーレ・ブバ、ウィリアム・アンダーソン、ネッド・バスティール、アンドレ・ベッツ。衣裳はオード・ブロンソン・ハワード、デボラ・スコット、劇中劇『リチャード三世』のクライマックスの戦闘シーンはイヴォンヌ・ブレイクが担当。パチーノは舞台でも何度か演じたシェイクスピア劇最高の悪役グロスター公リチャード(のちのリチャード三世)に扮する。共演は「陪審員」のアレック・ボールドウィン、「ユージュアル・サスペクツ」「ザ・プロデューサー」のケヴィン・スペイシー、「キルトに綴る愛」のウィノナ・ライダー、「フランケンシュタイン」のアイダン・クインと、アメリカ映画の演技派スターたちがシェイクスピア劇の大役で好演。キャストたちは映画の随所に挿入される、劇映画として演じられた『リチャード三世』でそれぞれの役に扮すると共に、リハーサルやディスカッションなどでは本人として登場して、役作りやシェイクスピアの解釈、その現代的意義について活発に発言する。さらにシェイクスピアをより良く知るため英国へ赴き、シェイクスピアの生家などを訪問するパチーノに応える形で、英国劇壇の重鎮「プロスペローの本」のジョン・ギールグッド、「ヘンリー五世」「から騒ぎ」の英国劇壇の寵児、「世にも憂鬱なハムレットたち」のケネス・ブラナー、「欲望」「ミッション:インポッシブル」の名女優ヴァネッサ・レッドグレーヴ、舞台『オセロ』(64)の名演も知られる「スニーカーズ」のジェームズ・アール・ジョーンズがインタビューに応じ、シェイクスピアを演じる心構えや秘訣を明かす。
アル・パチーノのリチャードを探して評論(2)
16世紀の演劇が21世紀の現代、今尚様々なアプローチで、世界中で演じられているというのは驚くべきことだ。本作は、アル・パチーノが、「正統派」の『リチャード三世』映画を撮る課程をドキュメンタリーで綴った異色作だ。作品中、あるスタッフが「今じゃ日本人もシェイクスピアを演じている」と言うように、日本の演劇人でシェイクスピアを演じたことが無い人の方が少ない(言い過ぎ?)ほど、シェイクスピア人気は高い。それに比べて、同じ英語圏であるアメリカ人がシェイクスピアを演じることを躊躇するということがとても興味深い。アメリカ人は、イギリス英語にコンプレックスを持っていて、シェイクスピアを演じるとどうしても構えてしまうというのだ。これは日本人からは思いつかない落とし穴だ。シェイクスピアの独特の韻を踏むセリフのリズムを追うことに夢中になり、その中に隠されている“意味”を見失うらしい。それ故、演じるほうも見るほうも、ストーリーが解り難く退屈と思うらしい。日本でシェイクスピアがすんなり受け入れられるのは、ひとえに日本語に訳すと、英語の韻やリズムが関係なくなることにあるかもしれない、特に最近は現代語に近い新訳で演じられることが多いため、物語が分かり難いということがないようだ。作中、ジョン・ギールグット、ヴァネッサ・レッドグレイヴ、ケネス・ブラナーなどのイギリス俳優が語るシェイクスピアの特徴に大変興味を覚えた。アメリカ人であるパチーノは、それらの意見を聞きながら、「何でこんなにややこしいんだ!」とぼやきながらも、楽しそうに『リチャード三世』を演じている。さらに興味深いのは、それぞれの俳優が、役づくりをしていく様子。映画でもちゃんと「読み合わせ」をすることにも驚いたし(シェイクスピアだから特別なのかも)、自分なりの役の解釈をそれぞれ議論しながら作り上げていくという作業に、演技はやはり地道な努力からなるものなのだということを改めて感じさせられた。本作が面白いのはこれらの稽古風景をただ撮った単純なドキュメンタリーなのではなく、エリザベス朝の衣装をつけた、本番(?)映像と、メイキング映像が、バランスよく配置されていることだ。解り難い『リチャード三世』の芝居に解説がついているようで楽しい。本番映像のクライマックスに1ショットだけメイキングがサブリナル的に挿入されても、全く邪魔することなく、逆にスタイリッシュな映像に仕上がっている。何より、エリザベス朝の衣装やライフスタイルと、現代の俳優の普段のファッションや、ライフスタイル(食事風景とか)の両方が楽しめるのがお得だ。私のようなシェイクスピア好きはもとより、シェイクスピアを苦手としている人にもぜひ見て欲しい、シェイクスピア愛に満ちた作品だ。
アルパチーノや周りを固める俳優の演技力がすごいし、舞台というものがどのようにしてできあがっていくのか知れてとても興味深かったです