第2次世界大戦下のフランスを舞台に、妻子ある男性とユダヤ人女性の愛と運命を描いたラブストーリー。1940年。ベルギーとフランスの国境近くに住むラジオの修理工ジュリアンは、ドイツ軍の侵攻から逃れるため妻子とともに村を離れることに。妊娠中の妻と子どもは列車の客室に乗せ、自身は家畜車で移動する彼は、ある駅で列車に乗り込もうとする若いユダヤ人女性アンナと出会う。初めは言葉すら交わさないジュリアンとアンナだったが、次第にひかれ合うようになっていく。主演は「男と女」のジャン=ルイ・トランティニャンと「夕なぎ」のロミー・シュナイダー。作家ジョルジュ・シムノンの小説を基に、「帰らざる夜明け」のピエール・グラニエ=ドフェール監督がメガホンをとった。「没後40年
ロミー・シュナイダー映画祭」(2022年8月5日~25日/Bunkamuraル・シネマ)上映作品。
離愁評論(2)
美しく悲しい愛の物語。“離愁”とは、別れの悲しみの意味だが、映画のラストはそれとは違って出会いの悲しみであった。再会することによって、かつての心の繋がりに全てを投げ捨てた男と女の、愛ゆえのどんな敵にも立ち向かう情念の強さが、痛ましくも美しい。フランス映画は、このような愛の物語でその実力を発揮する。ラストシーンにおけるアンナ役のロミー・シュナイダーの何とも知れぬ思いと心のこもった表情の美しさが、この映画のすべてを物語る。
この映画の魅力は、このシュナイダーの演技に負うところが大きい。ユダヤの血を引くアンナは、独りフランスに逃れ、避難する人々を乗せた列車で偶然出会った妻子ある男性を愛してしまった。この抜き差しならぬ状況で唯一の救いの愛に縋った運命的な悲劇が、鮮烈な印象として残った。この女性像と比較して、ラジオ修理工のジュリアンの描き方が曖昧なのが少し引っ掛かる。ジャン=ルイ・トランティニャンが渋い味で好演しているが、脚本にその原因があるようだ。妻子と一緒に列車に乗っていたにも関わらず、見知らぬ女性に深い感情を抱く事になったのか。浮気癖があるようには見えないし、それだけアンナの魅力の虜になってしまったというのか。確かにアンナの神秘的で品の良い感性豊かな美しさには、どんな男性でも魅了されるであろう。それを後押しするように、別の車両にいた妻子の列車は途中で切り離されてしまう。この脚本の作為が、ジュリアンの本気度を薄めている様に感じてしまった。
しかし、後半の展開は説得力がある。ジュリアンが二人目の出産の為入院していた妻を訪ねる間に、アンナは姿を消す。ふたりが別れて数年後にドラマが展開する。フランスはナチスドイツの占領下に置かれて、ジュリアンはナチスの秘密警察から呼び出しを受ける。レジスタンスとして活動していたアンナが、ジュリアンの妻と偽った証明をしていたからだ。このラストの見つめ合う二人のシーンは、傍観していても心苦しいし、切ない。とても映画的な表現であり、戦時下の愛の姿を切実に表現した名ラストシーンになっていた。
ロミー・シュナイダーの美しさが絶頂期の代表作の一本に挙げられるフランス映画らしい作品。
1976年 10月30日 池袋文芸坐