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クーリエ 最高機密の運び屋評論(19)
精神力に脱帽。
俺には無理、狂人化しちゃうし、人としての生活は送れない。
開放後は普通に暮らした様子だけど、本当なのかな?
ソ連の最高権力者フルシチョフが米国への核攻撃も辞さない姿勢を強めていることを危惧した軍高官ペンコフスキーが、西側に接触してきた。ソ連側に疑われない運び屋としてMI6とCIAが目をつけたのは、当時共産圏の東欧諸国に工業製品を売るため出張していた英国人セールスマンのウィン。もちろんスパイの経験などないウィンは最初断るが、結局は引き受けることになり、ソ連を訪れてペンコフスキーから情報を預かったり、彼をロンドンに招いたりして英米の諜報活動に貢献していく。
カンバーバッチは、ソ連側の監視の目を意識する緊迫した状況から、ペンコフスキーに次第に心を寄せていく人間味あふれる場面、さりげなくユーモアをにじませる言動まで、実に幅の広い演技でウィンを体現している。終盤ではポストプロのCGで顔を加工したかと見紛うほどの激ヤセぶりで驚かせるが、役作りで実際に9.5kgも減量したのだとか。役者としての覚悟をうかがわせる逸話だ。
信念を貫くペンコフスキーを演じたメラーブ・ニニッゼの渋く重厚な存在感も味わい深い。ウィンの妻を演じたジェシー・バックリー(歌手役で主演した「ワイルド・ローズ」が記憶に新しい)、CIA職員役のレイチェル・ブロズナハンの女優2人も、出番こそ少なめだがそれぞれに魅力を発揮し、ストイックなストーリーに柔らかな情感を加味している。
イギリスでセールスマンをしているグレヴィル・ウィンは、日本流の接待ゴルフもする如才ない人間。どうみても普通のビジネスマンにしか見えないところが、KGBから怪しまれる心配もないため、スパイとのメッセンジャー役として、MI6とCIAから白羽の矢を立てられてしまう。アメリカにソ連の機密情報を提供するのは、GRU(ソ連軍参謀本部情報総局)のオレグ・ペンコフスキー。
旧ソ連では、KGBによる監視だけでなく密告社会だから親兄弟であっても油断ならない。だから、モスクワでのウィンとペンコフスキーのコンタクトは常に緊迫感がある。読唇術にたけた人間も周りに配置されているかもしれないから、会食での会話はごく自然なものでなければならない。ウィンがペンコフスキーに最後のメッセージを伝えるシーンは、ものすごくリアリティがあって、命の危険が迫っている人間の切迫感が伝わってくる。
ベネディクト・カンバーバッチはさすが。浮気も妻にばれてしまうようなスキのあるセールスマンの表情から、命を張るときの緊張感あふれる顔つきまで振り幅いっぱい演技を見せてくれる。ウィンの妻役のジェシー・バックリーは大好きな女優。片エクボの冷たい笑いが個人的にはツボです。
事実に基づいたストーリーであるが、もっと政治的に冷徹な事実もあったのかもしれない。ハッピーエンドととるかバッドエンドととるかは受けて次第のハードな物語であった。
そのスパイ役をインテリなイメージを持つベネディクト・カンバーバッチが演じるのだから、まさに適役…と言いたいところだが、本作での彼はスパイ経験などない、ただのセールスマン。
ソ連の極秘機密を横流しする運び屋任務が重荷となり、常軌を逸していくという、至って小市民な役どころは、これまでのカンバーバッチ像を大きく変えるはず。特に終盤で降りかかる受難を耐える様子は、彼の役者魂の真骨頂といえる。派手さはないが、平和のために築かれた英ソの友情物語として観ると良し。
もちろんキューバ危機を阻止したのは、核ボタンのスイッチを押せる立場にあった米ソ首脳の動きも大いにあったので、そのあたりは『13デイズ』を観るとよく分かるかも。